丑年
年の初めはやはり和服です。倭服と書くべきかもしれません。
正月三が日はおとなしくしているものの、それを過ぎたらうちのキサラは容赦がありません。
「どうした、ホタル。おまえも食わんか？」
「・・・」
「おまえの分もあるぞ、ほら。脂が少なくて一番やわらかいところだ。一頭からほんの少ししか採れない一番上等なところだぞ？ おまえの為にわざわざ選んだんだ」
「どうだ、肉は美味いだろう」
「・・・はい」
「西国の味付けだぞ。こう見えても私はけっこう料理が得意なんだ」
「美味しいです。とても」
武蔵の姫巫女ホタルはこれまで肉気のものは魚しか口にしたことがありませんでした。
ホタルに喜ばれたと思い込んだ大和のキサラは上機嫌です。
「おまえには美味いものをうんと食べてもらって元気になってもらいたいからな。ん？ どうした、涙なんか流して」
キサラの手料理を食べながらホタルは涙ぐんでいます。巫女の印であった頭の宝珠も地に落ちていました。
「おいおい、泣くのか食べるのかどっちかにしろ。美味くて嬉しいのは分かったから、メシは楽しく食べるものだ。泣きながら食べてはせっかくつぶした牛も浮かばれないぞ」
そう笑いかけるとキサラは元気に骨付き肉にかぶりつきました。
「わぁあ、美味しいです！ このハンバーグ」
「でしょ？ 焼肉にしてもいいくらいのいい場所のビーフ１００％なんだって。本場のハーノバーで修業したシェフだそうよ。これまで気が付かないちっちゃなお店だったけど、この前に初めて入ってびっくりしちゃった。ほたるちゃんにも教えなくちゃって思ってたの」
貴更は外食が好きで、新しい店をよく見つけてはほたるちゃんを連れてゆくのが楽しみでした。
正月休みが明けてお店が開いたので、昨年町外れに見つけたばかりのとっておきのこのお店「くだん」のランチを二人で楽しもうとやってきたところでした。
「でも、牛年が始まったばかりで牛肉料理って、ちょっと大胆かもしれませんね」
「牛年だから牛のパワーを貰うのよ。しってる？ 牛って日本では猛獣なのよ」
「猛獣なんですか？ 牛が」
「そうよ、日本の牛が猛獣っていうこんな話があるくらいよ」
「凄いんですね、牛って。でも、そのお話の日本人ってちょっとズルくないですか？」
「そうよねえ。いくらバクチだっていってもアメリカ人の方は掛金をちゃんと用意していたんだし、フェアじゃないなあ」
「ですよね。当時は日本の方が本当は偉いってノリがウケたんじゃないでしょうか。朝鮮より弱いと口惜しいからなんて動機も今じゃ読者はヒイちゃいますよぉ」
「そうよねえ、それに負けたからと言って日本人に腹を切られたってアメリカ人の方は嬉しくもなんともないしねえ」
「食事中ですよぉ、今」
「あ、ごめんごめん。わたしってガサツだからつい」
「でも、一番かわいそうなのは勝手な都合で戦わされた虎と牛ですよねえ」
「て言いながら、牛肉食べてるし」
「ひどぉい、貴更さんたら」
少女達のランチは楽しげな笑い声とともに、まだ続いているのでした。
檸檬児
'2009-3-1