「お尋ねしたいことがございます」
「うん？」
笑い終えた貴更が息を整え髪梳きを受け始めた時、ほたるが静かに語りかけます。
「貴更様が子供の頃、谷間の森で遊んでおいでだった時はお一人でお遊びだったのですか？」
「一人じゃった。私はいつも一人で遊んでおった・・・相手が人間に限ればじゃが」
貴更は言葉を切ります。行灯の油がジジと鳴り、ほたるは黙って貴更の言葉を待ちます。
「だが、私にはいつも一緒に遊ぶ相手がおった。森に行くと一匹のキツネが必ず現れたのじゃ。私はその子と遊ぶのが大好きじゃった。秋は一緒に落葉のふとんの中で転がり回ったものじゃ」
貴更は言葉を続けます。
「ほたるがここに来て最初に私の髪を漉いてくれようとした時、私は獣のように乱れておろうと言ったが、それをおまえに笑われたことを思いだしたわ。野の獣はいつも毛繕いをしていて私のように乱れた髪をしているものはいない、獣に笑われるとおまえは笑った」
「申し訳ございません」
「詫びんでもよい。そうなのじゃ、私は傾奇な装束を纏い、身繕いもせぬようよそおっていたのじゃ。獣のような鬼姫であろうとな。おまえの言葉に私は恥じ入ったぞ」
「・・・」
「あの時から私の髪漉きはおまえに任せたが、それを言われた時に思い出したのがあのキツネの毛並みじゃ。野に暮らしていながらいつ出会っても流れるようなつやのある毛並みじゃった。私はずっと忘れていたのじゃ。なぜそれをほたるが？」
「館のかたの話で聞いたのです。貴更様は狩りを始めて間もない頃にそのキツネを弓で射たと」
「聞いたのか」
貴更は小さく溜息をつきます。
「お話し下さい。その時のことを」
そのこわばった口調に貴更は真っ直ぐに見おろすほたるの顔を見上げます。
檸檬児
'2002-11-10