桜の花は狂い咲き ２
公園の桜は今年も満開でしたがもう盛りの時期を過ぎ、既に散り始めて久しいです。
訪れる人もまばらになり、今はしんとした無人の広場には鳥の微かな啼き声しか聞こえません。
夜通し続いた春嵐に残った花は一面に地面を覆い、翠に萌え始めた葉のはざまでわずかに最後の名残を咲かせています。
ゆっくりとその桜の幹の後ろから１人の少女が現れます。
白い少女は桜の樹の根本の地面を見詰めます。
ガラスのように地面は透き通り、桜の根は空に広がる枝のように地下へ向かって広がっています。根のはざまに生じた檻に暝い瞳の少女がとらえられています。
その全身に夥しい白骨姿の亡者が絡みついています。
「断ち切られた夢の残り」
少女は娘に語りかけます。
「ここにとらえられてもう一年。今年の桜ももう終わり」
地下の娘は身じろぎます。
「戻りなさい、いるべき処へ。怯えを越えなさい」
娘の暝い瞳の奥を白い少女は覗き込みます。
「その瞳に何を映して涙するの？ 信じなさい、あなたを選んだ人を」
言葉に応え地に埋もれた娘は腕を伸ばします。全身に纏いついていた朽ちた骨の腕が崩れてゆきます。
身を起こし娘は地表に現れます。白い少女が手をかざすやその姿は内側から吹き出す花吹雪となり、空へと舞い散ってゆきました。
「人形遊びの夜は明けた。桜の夢ももう終り」
白い少女は残った黒い地面に目を戻します。崩れた亡者達は沼に引き込まれるように地の底へと引き込まれてゆきました。上に伸ばされた夥しい白骨の手の指ががひらひらと桜の花のようにちらついていましたが、それも消えました。
静寂の戻った公園に、白い少女ももういません。
公園を越え、道を渡り、街を越えて風が通りすぎます。
連れ立って歩く二人の少女が追い越して行った風にふと足を止め振り返ります。
「あ、桜の花びらです」
ほたるちゃんは頭の上をそよ風に乗って舞いながら通り過ぎて行く花びらの群れを見上げます。
「まあ、まだ残っていたのね。もう暖かくなってきたものね。あら？」
貴更はほたるちゃんの肩に乗った１枚の花びらに気付いて教えます。
「ね、知ってる？ 冬になって落ちてきた最初の雪のひとひらを掴んだ人は、願い事が叶うんだって」
「わぁ、それじゃ最後の春の桜の花びらを掴むとどうなるんでしょう」
ほたるちゃんは、その花びらを手の平の上に乗せて尋ねます。
「そうね、誰も決めてないみたいだから、今決めちゃいましょ。やっぱり願い事がかなうのよ」
ほたるちゃんは目をぱちぱちします。そして笑いだします。
「貴更さんって強いんですね。私、最初の雪の反対だから、怖いこと考えちゃってました。あっ！」
また吹いた風に流されて、手の平の上の花びらは舞い上がり空へと消えてゆきました。
二人はその花びらを見上げ、ずっと目で追い続けました。
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檸檬児
'2003-4-20