いつか見た風景
貴更さんはほたるちゃんをお気に入りのパーラーに連れてきました。
ほたるちゃんはこのパーラーに来るのは初めてです。
文明開化の前から南蛮茶屋としてここで店を開いていたといういわくのあるところだそうです。
コーヒーはここ独特の泡立ったスイス式のものです。紅茶派のほたるちゃんはあまりコーヒーは飲まないのですが貴更さんの勧めで試してみました。
スイス式コーヒーは香りは高いものの、これを飲むのは初めてのほたるちゃんには少し苦かったようです。貴更さんは笑って北海道からから来たというウェイトレスさんに砂糖とミルクとを頼みます。
このウェイトレスさんは近くの町に住んでいる妹さんを北海道から訪ねてきたところそのアパートにはもう暮らしていなかったので、この店で働きながらその妹さんを探しているのだといいます。
貴更さんも相談に乗ってあげているのだそうです。
明治の文豪も賞味したというパンケーキは家で作るのと変わらないように見えるのに、どうしてこんなに美味しいのかと驚きます。
貴更さんはそんなほたるちゃんに笑いかけ、二人はおしゃべりを楽しみます。
ふと、ほたるちゃんは奇妙な想いにとらわれます。
このお店は初めてなのに、以前やはり貴更さんとここでこうやってケーキとお茶を楽しみながら親しくおしゃべりした気がしてなりません。
コーヒーが苦くて、貴更さんがお店の人に砂糖とミルクとを頼んでもらったことも、一度あった気がします。
それに、その時に砂糖とミルクをもってきてくれたウェイトレスさんにも、そのウェイトレスさんが北海道から妹さんを探しにやってきたことも覚えがある気がしてなりません。
パーラーで何かを考え込んでしまったほたるちゃんが気になっていた貴更さんは、店を出てから話しを聞いて笑います。
「デジャ・ヴュよ。初めて見た風景とか出来事を以前に見たことがあると感じるたりするの」
「そんなこと、他の人にも結構あることなんですか？」
「うん、あたしもなったことあるわ。でも本当は気のせいなんですって。疲れていたりして神経が不安定な時にそんな気になったりするそうよ」
「貴更さんもなったことあるんですか？」
「う〜んと、あれは歴史博物館だったかな。古墳時代の服装や勾玉や剣をつけたマネキンが飾ってあったの。ふいにね、あたしは昔同じ格好をして馬で駆け回っていたって想い出・・・ていうのかな、そんな気が猛烈にしたの」
「それって、前世の記憶なんじゃないですか」
「まさか！ だって男の人の格好よ、その姿。それにあたし、前世なんて考え方、好きじゃないな」
「え？ 信じてないんですか」
「あら、ほたるちゃんは信じていたの？ ごめん。でも、今の自分が前世なんてのに縛られているなんてイヤなの。ほら、よくあるじゃない。前世からの宿命とか何とか、そんなのがイヤなのよ」
「それじゃ、前世はないってことなんですか」
泣きそうな顔のほたるちゃんを見て貴更さんは微笑みます。
「ううん。前世はあるかも知れないけれど、今のあたしがそんな前世からの宿命の入れ物でしかないって考え方がイヤなのよ。あたしはあたしだわ」
そう言ってから貴更さんはちょっとテレたように髪をなでます。
「偉そうなこと言ってごめんね。ほたるちゃんは宿命とか信じてるの？」
「はい、あると思います。貴更さんと出会ったのも宿命かも知れません」
貴更さんが何か言いたげな表情を浮かべた時、ほたるちゃんは言葉を続けます。
「でも！ 貴更さんが言うように宿命だから仕方ないって流されるのはやっぱりイヤです。私、貴更さんのそういう強さが大好きです。あこがれています！」
言ってしまってからほたるちゃんは貴更さんの顔から視線を落とします。
自然に貴更さんの脇腹から盛り上がった胸へとかけて目が向きます。
「なんだ、それなら問題ないじゃない。行こっ」
貴更さんは声を掛け先に立って歩き始めます。ほたるちゃんが顔を上げていたら貴更さんが頬を赤らめたことを見たのですが。
「はいっ！」
貴更さんの胸から目を上げて歩き出したほたるちゃんは、そっと自分の胸の上に手を重ね、溜息をつきます。
「いいなぁ」
誰にも聞こえない小声でほたるちゃんは呟きます。
ふと、ほたるちゃんは立ち止まります。
立ち止まった気配に貴更さんも振り向きます。
「なに？」
「いえ・・・今、笑い声が聞こえたんです。それに実はさっきからずっと誰かの視線を感じていたんです」
「え、それってストーカーか何か？」
「いえ、女の人の声でした。くすくすっ、て」
「ふ〜ん。知ってる人の声？」
「いいえ、でもなんか悪い人ではないって気はするんです」
二人の歩いている道の前後にも周りにも人影は見当たりません。ここは静かな住宅街の広い道です。
「う〜ん・・・ね、さっきのデジャ・ヴュの話しじゃないけど、もしかしてほたるちゃん疲れているんじゃない？ でもさ、本当に何かあったらすぐあたしに携帯入れるのよ。どこにいても必ず駆け付けるから」
「はいっ！」
ほたるちゃんは元気にうなずきます。
『かわいいわねぇ、あの二人』
『はい、ほんとうに』
『今度こそ幸せになって欲しいわね』
『大丈夫ですよ、姫様。あの二人なら』
『そうね、祈りましょう・・・それにしても、あのパンケーキあたしも食べたかったなあ』
『くすっ、姫様ったら相変わらず食いしんぼです』
その時、ほたるちゃんの耳に、風に乗ってどこからか二人の少女が仲良く笑い合う声が聞こえてきた気がしたのです。
同人サークル「瀬」
檸檬児
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'2002-5-26