花香
村はすっかり春になり、起こされた田んぼには植えられた小さな稲の苗が整列して誇らしげな緑色を見せています。
ハニーさんとほたるちゃんは田んぼの畦道を通って家に帰る途中でした。畦道にはもう草が花をつけています。
ほたるちゃんは小さな花を摘んでその香りを嗅ぎました。
まだ若いその花の香りはほんのかすかなものでした。
「見つけたぞ！ ハニー」
ほたるちゃんとハニーさんが帰り道の竹林を横に見る薄暗い通りを歩いていた時でした。
ふいに薄暗い竹薮の間から黒革のチャイナに革ブーツの少女がユラリと現れました。
「どこへ逃げても無駄だ。組織はお前を諦めはしない！」
深紅の長髪の陰から鋭い目で少女はにらみながら、その口元を歪め笑みを浮かべます。
ケモノのような殺気が少女の身体から噴き出し、ほたるちゃんは息を呑みます。
「ルージュ・・・」
ほたるちゃんの隣でハニーさんが呟きます。
ハニーさんの手足がゆらりと動くと鶴のような姿の構えをします。
ルージュと呼ばれた少女とは違う、凛とした殺気が放たれます。
こんなハニーさんを見るのは初めてです。いつもの優しい姿からは想像もつきません。
「おまえが来たのか。見逃してくれ、と言っても聞きそうもないな」
構えを崩さぬまま問い掛けたハニーさんの言葉を受け流し、ルージュは腕を蛇の鎌首のように構えます。
「その娘は何だ？ おまえのペットか」
ルージュの瞳に見据えられ、ほたるちゃんは凍りつきます。恐ろしいのに足が動きません。
「この娘は無関係だ。村へ帰してやってくれ」
視線をルージュから動かしもせず、ハニーさんは静かに語りかけました。
「そうはいかん。私の姿を見られたし、もうお前も村へは帰れない。お前と共に組織に連れてゆく」
「やはり、お前を倒す以外ないようだな・・・」
ハニーさんの言葉と共に、二人の間の空気がピンと張りつめます。
微動もしない二人を見詰めながら、ほたるちゃんの耳には竹林の葉擦れの音がどこか他の世界からやってくるように聞こえます。
何の脈絡もなく、先程畔道で手折った花の赤い色と仄かな香りが心に浮かびます。
同人サークル「瀬」
檸檬児
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'2002-4-8