螺子とランタン

桂　明日香著　角川コミックス・エース　2004年11月26日初版発行
初出：月刊少年エース　2003年10月号,2004年1月号,3月号,6,7,8月号

---

　マンガ家桂　明日香さんの名前は単行本「コゼットの肖像」で初めて知りました。
　もともとゴシック・ロリータ・ホラーOVA 「コゼットの肖像」を気に入ってDVD を全巻揃えたのですが、そのマンガ版が出るとのことでその単行本を購入しましたところ、アニメとはまた違った展開ながらそちらの独自の物語世界も気に入ったことで、この作家さんを意識しました。
　「コゼットの肖像」の１巻と２巻の出た間に発行されて、著者の名前に釣られて入手したのがこの「螺子とランタン」です。
　「螺子とランタン」は桂　明日香さんのデヴュー作で、この後には沖縄の熱血元気系吸血鬼少女・サヤの物語「BLOOD+」や「花やしきの住人たち」などを精力的に発行しておいでです。

　同じ時期に単行本が発行された「螺子とランタン」は「コゼットの肖像」の腐臭すら覚える陰鬱な物語世界とは全く反対な能天気な物語で、共通点は主人公がどちらも貴族の幼女であることぐらいです。

　両親が事故死したことにより爵位を継いだ１０歳の女侯爵ココを屋敷の執事、メイド長が厳しくも暖かく見つめて淑女へと育ててゆこうというハートウォームな物語の構造を持ち、やんちゃなココを寄宿学校に入学させることが出来るよう基礎づくりのため、オックスフォード大学の優秀な学生ニデルが語学の家庭教師として招かれるところからお話が始まります。
　ニデルはスラム街出身の母親が父親である男爵と結ばれて出来た庶子で、いろいろと野望を秘めていたらしいことから物語が楽しい展開になってゆきます。


　ココは公爵家の屋敷の当主でありながら、屋敷内では老執事にまったく頭が上がらない幼女にしか過ぎません。
　この執事が絵に描いたような完璧な英国執事であることが、この作品の一つのみものです。
　使用人でありながら後見人の役目を自発的に果たし、貴族であるココのわがまますら通しません。

　ニデルの秘めた野心を百も承知でいながら、そうであるがゆえに彼をココの家庭教師として選んだのも、執事のココへの深い心配りからであったことがお話を通して分かったくる語り口は快いです。


　ココは家政婦長（ハウスキーパー）にも全く頭が上がりません。
　経験豊富なプロフェッショナルな大人と１０歳の小娘の力関係丸出しで、ココの愛らしさが際立ちます。

　むろん、このメイド長からの言いつけをおとなしく守っていたのでは面白くありません。
　家庭教師のニデルが風邪気味なことを心配して、手近なメイドさんから風邪にはキャンディーが良いと聞き出したココは荷馬車に隠れてこっそり町へと菓子屋を探して外出します。
　それからてんやわんやの大騒動が引き起こされるわけですが、何とか話もまとまり、ココとニデルとの観ていてこそばゆくなるような結びつきも深くなってゆきます。


　そんな主人公達を山ほどいる屋敷のメイドさん達が囲んでいます。
　命じられた雑用をてきぱきこなす忠実な使用人達であり、ヴィクトリア朝のタウンハウスの空気をいやがうえにも盛り立ています。
　噂好きで物見高い普通の娘達である彼らメイドさん達は、現実の当時のタウンハウスの実情にも近かったのではないかと思えます。

　なにしろ屋敷の当主が当主ですから、ココより年上の彼らメイドさん達は皆、姫様好き好きで一致しています。
「ニデル様がいなくなってから、随分大人しくなったわね　ココ様」
「かえって不気味だわ」
「そうね　やっぱりあのバタバタした足音が聞こえないと・・・」
と、ボーと放心して座ったままのココを背景にしゃべっていたメイドさん達が、次のコマでしゅんとして顔を見合わせあっているシーンなど、彼らのココへの気持ちをさりげなく語っていると思います。


　その他大勢扱いだった屋敷のメイドさん達に新しいキャラクターが中盤から登場します。
　ニデルと幼馴染みでやはりスラム出身の凶暴系メイドさんのノラです。ニデルの養父である男爵の紹介でこの屋敷に紹介されたのですが、ニデルに馴れ馴れしいノラの態度にココはいかにも小娘な嫉妬の塊になります。
　これもいろいろあった揚げ句、ノラはココ自らの要望で彼女のナースメイドに指名されます。

　ノラはとてもヴィクトリア朝の平民の娘が貴族の雇い主である少女に接するにあるまじき態度でそれからもココに接するのですが、映画「ピグマリオン」、「マイフェアレディー」を笑って楽しめる感性があれば、お上品な貴族社会の中での型破りの下町娘の活躍ぶりを楽しめると思います。

　正統派ラブラブ・ロリコン＆メイドさんマンガの秀作と思います。
（正統派ヴィクトリア朝マンガとしてはどうか？　との疑問を覚えるかたもいるかもしれませんが、そういう場合は沙村広明さんのマンガ「ブラッドハーレーの馬車」を読んで口直しをすると良いでしょう）

---