ポーの一族 エヴァンズの遺書
萩尾望都著 別冊少女コミック 1975年1,2月号
1820年の冬、吸血鬼であるポーの一族の少年エドガーは妹メリーベルと共に仮の父母ポーツネル男爵夫妻と旅をしていました。
途中で別れた男爵一行にリトル・ヘブンで合流しようと風雨の中、馬車を急がせていたエドガーは途中で事故に遭いヘンリー・エヴァンズ伯爵の領地内の川に落ち、村人に救出されましたが事故のショックで記憶喪失になっていました。
亡くなった妻と同じ青い瞳のエドガーをエヴァンズ伯爵は自分のカントリーハウスで引き取り、面倒を見てやることにしました。
エドガーは1740年の生れで14歳の時にポーの一族に迎えられ、肉親はその後1757年に13歳の時に彼が血を吸って仲間に加えたメリーベルただ独りだけでした。
実はエヴァンズ家の祖先のオズワルド・オー・エヴァンズは養女として迎え入れたメリーベルと、行方が知れなかったエドガーの兄妹が自分とは母が違う兄弟であり、彼等が幼い頃に自分の実母の陰謀でエヴァンズ家から追放され殺されかけていたことをこの1757年に起こった事件により知ったのです。
お家騒動の血腥いドラマの後、エドガーがメリーベルを連れてエヴァンズ家を去り、吸血鬼となってしまった彼等に対して償い切れないほどの罪の意識を覚えたオズワルドは、1780年にエヴァンズ家は末代に至るまでエドガーとメリーベルの名の兄妹が現われたらエヴァンズ家の資産一切を譲り渡せとの遺書を残して世を去りました。
エピソード「エヴァンズの遺書」の舞台となるヘンリー・エヴァンズ伯爵のカントリーハウスで伯爵の身の回りの世話をし、また記憶喪失のエドガーの看病をまかされていたのが、メイドさんのエレンです。
左の画像の初椿を背負って５段ブチ抜きで描かれた娘さんです。
物語「ポーの一族」において、しとやかで甲斐甲斐しく、かつ若くて美人のメイドさんが描かれたのは、この「エヴァンズの遺書」のエピソードくらいだと思います。
英国で使用人の女性全てが同じデザインの黒いドレスに白いエプロンのメイドのいわゆるお仕着せスタイルが普及したのは産業革命で安価な布地が大量生産され、同時に縫製も大量生産化されて服が多量に安く供給されるようになって以降のことです。
それ以前は華美にならない普通の服で、場合によっては奥様のお下がりを着た場合もあったそうです。
縫製が大量生産化されるのは十九世紀中頃のシンガーによるミシンの発明以降ですので、この物語の舞台となる1820年にはまだお仕着せは登場していなかったと考えられます。
またメイドさんの出身も下層階級とは限らず、良家の子女が行儀見習いで他の貴族のところでメイド修業をしたことも多かったそうです。
亡き妻の幻影を追っていたヘンリー・エヴァンズ伯爵はこのエピソードでの事件で、自分を慕い続け見続けてくれていたエレンの存在に気付き、後に彼女と結婚していますので、彼女の出身はそうそう下層階級ではなかったのではないかと思います。
エレンの目の覚めるようなメイドさんぶりが発揮されるのがこのシーンです。
伯爵のカントリーハウスに甥のアーネストと姪のリンダとがスケート遊びをする為に馬車で到着しますが、彼等がロンドンで知り合ったという友人として男爵令嬢メリーベルも一緒でした。
メリーベルはエドガーが事故に遭ってエヴァンズの館で看病されていることを知り、兄妹であることを隠して迎えに来たのです。
なかなか記憶が戻らず、ファンが嘆くほどに女々しいエドガーの姿にメリーベルは悲しんで色々と策を講じるのですが、エドガーに嫉妬したアーネストが振るった暴行が元でエドガーは記憶を取り戻し、バケモノ顔全開でアーネストに襲いかかります。
ここからは一気にまるでホラー漫画のような展開になります。
屋敷に逃げ帰ったアーネストとリンダの話に屋敷中騒然となり、エドガーの記憶が戻ったことを知ったメリーベルは吹雪始めた外へ飛び出し、大人の男達は全員彼女を追って屋敷の外へと飛び出してゆきます。
子供達とメイドさんだけが残された屋敷のドアがやがてノックされ、伯爵が戻ってきたものだとばかり思ってエレンがドアを開けると、立っていたのはエドガーでした。
狂乱状態の貴族の子供達を背に、エレンは一歩も引かずに静かにエドガーを屋敷の外へと戻すのです。
惚れ惚れするような立派なメイドさんぶりです。
ところで、昨年ラジオ関西で声優さん達による連続ラジオドラマで「ポーの一族」が放送され、その後ドラマＣＤとして発売されました。
そのドラマＣＤの第４巻にこの「エヴァンズの遺書」が収録されているのですが、このエレンさん大活躍のシーンが丸々カットされています。放送時間の枠があるラジオ番組なので仕方がないとは思いますが、メイドさんの鑑とも言えるこのエレンの気丈さを描いたシーンがなくなったことは残念です。
同人サークル「瀬」
檸檬児
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'2008-6-1