或る夏
静けさが戻ると蝉の音が聞こえてきた。
ここはどこなの？
さっきまで女學校のみんなと一緒だったのに、どこに行ったの？
サイレンが鳴って菜緒美先生に引率されて山に逃げる途中で、あいつらが空からやってきたの。
蝉の声なんか聞こえなくなるぐらい大きな音だった。
そう、あの時貴更先輩がわたしを守って突き飛ばしてくれたんだ。
先輩！ 貴更先輩どこにおいでなのですか？
里菜さん！ 利恵さん！ みんなどこ？ 無事なの？ 返事をして！ お願い。
誰もいない。蝉の声だけがうるさい。
いや・・・この音は蝉じゃない。
ブンブン、ブンブン。
蝿の音、蝿が飛び回っている音だわ。
どんどん集まってくる。なんていやな音。
あぁ、うるさい！ 耳元で蝿が唸っている。
・・・あれは誰？ 人が倒れている。うちの學校のセーラー服にモンペを履いて防空頭巾をかぶっている。
助けなきゃ。気絶しているだけかもしれない。あなた！ あな・・・
いやぁっ！ この顔、わたし・・・なぜわたしが！？
嘘よ！ こんなの嘘だわ。貴更先輩！ 助けて、わたしを助けてください！
「どうしたの？ 急に大声で」
目を覚ますと貴更先輩が私を見おろして怪訝そうに微笑んでいる。
わたしはお昼の後の二人の「猫の集会」の校舎裏の芝生で寝惚けてしまったのだ。
それも貴更先輩の膝の上で。
「ごめんなさい！ 先輩、わたし寝惚けてしまって。怖い夢を見たんです。あのわたし、何を・・・」
そうだ、あれは夢だ。わたしはセーラー服にモンペを履いて防空頭巾をかぶっていた。
最近のテレビの特集番組を見た影響なのかしら。あれはとうに過ぎ去った昔のことなのだ。
貴更さんは笑いながらわたしの髪をなでてくれる。
「驚いたわ。助けて！ 貴更先輩！ なんて叫ぶんですもの」
わたしは真っ赤になったらしい。
「大丈夫よ。ほたるちゃんに何かあったらあたしが助けてあげるから」
貴更さんはわたしの頬を軽く突いてから、また髪をなでてくれる。
「さっ、安心して眠りなさい。あれはもう終わったことなんだから」
そうだ、もうあれは終わったんだ。わたしは貴更先輩と勤労奉仕の間によく夢見て話し合った幸せで平和な時代にいるのだから。
モンペじゃなくて、可愛らしいスカートを履いて、配属将校にどなられながら毎日旋盤を廻したりしないでお勉強をするんだ。
貴更先輩の指は魔法の指だ。この指で髪を撫でられると何でも安心して委ねることが出来る。
とても遠くで蝉が鳴いている。
わたしは貴更先輩のひざの上で優しい香りに包まれて、気持ち良い眠りへと落ちて行った。
同人サークル「瀬」
檸檬児
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'2001-8-10
