プロローグ　昔々あるところに

maid01

「こうしてイザナギノミコトは泉津平坂で菊理媛の言葉に送られて無事に黄泉の国から戻ることが出来たのです・・・さあ、今夜はここまでにいたしましょうね」
　夜伽話に選んだ本にシオリを挟み、メイドは畳んだ本を膝の上に乗せて微笑む。
「面白かったなあ。だけど、イザナギってひどい奴だね」
「はい？　どうしてですか」
　若い日本人メイドは幼い西洋生まれのご主人の言葉に小首をかしげる。
「だって、とても好きだったからわざわざ黄泉の国まで会いにいって、イザナミから姿を見ないで欲しいって頼まれたのに、約束を破って勝手に見て怖くなって逃げ出したんだろう。男らしくないよ」
「・・・まあ、そういうふうに考えたことはなかったですわ。だけど、怖い姿になってしまっているのですよ。ぼっちゃまだったらどうします？」
「そりゃ確かに怖いけど、何か気に入らないなあ。ほら、前に話してくれた蛇姫の話、あれに出てきた男がいいな」
「あ、『雨月物語』のことですね」
「うん、好きになった女の子の正体が蛇だったことが分かって怖くなって逃げ出したけど、お坊さんがその蛇を退治し始めたら苦しがる姿が可哀想になって、退治をやめさせてまた蛇姫のところに戻るって話だよ」
「あの男がいいのですか？　ぼっちゃまは」
　メイドは微笑んで少年を見つめる。
「そうさ。女の子には優しくしてあげなくちゃいけないんだ。イザナギなんかよりずっと男らしいよ」
　少年はベッドの上で胸を反らせる。
　メイドは口を手で覆って笑う。
「優しいのですね、ぼっちゃまは。ぼっちゃまに愛される女性は幸せです」
「そうかな？」
　少年は頬を赤らめる。
「いつまでもお優しいぼっちゃまでいて下さいね」
　メイドは語りながら毛布の両端を持って少年を促す。少年は約束したように身体を毛布の中に滑り込ませる。
　肩を毛布で覆い、さらに掛け布団をかけメイドは少年に笑いかける。
「それでは、お休みなさいませ。いい夢を見てくださいね」
「うん」
　少年の元気な返事を耳にメイドは寝室の灯を消した。


本編に続く
檸檬児
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'2002-5-13