赤いセリオと緑のマルチ
２０ＸＸ年 病室
顔に白い布の掛けられたベッドの周りを年配の女性達が取り囲む。その後方にやや離れてたたずむＨＭＸ−１２マルチ。
心電図のアップ。一直線の輝線が中央に静止している。
ヴンッと低い音と共にマルチの瞳から明かりが消える。
ベッドの周りのすすり泣く人々が気付かないうちに病室から出てゆくマルチ。
街角のあちこちから足音の群れが沸き起こり始める。
ザッ ザッ ザッ ザッ
たくさんの少女型ロボットの足のアップ。
ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ
さまざまな衣装を身に付けたＨＭ−１２メイドロボットの群れ。皆、郊外の大型ゴミ焼却炉を目指し歩き続ける。
先頭を歩くのはＨＭＸ−１２マルチ。
「マルチや！ もどっておいで。 おまえがいないとうちはこまるのよ。 もどってきておくれ！」
街角のビルの壁に映る女性の影と、その前でマルチの群れに懇願する女性の姿。
進み続けるマルチ達のアップ。
ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ
真っ赤な炉口へと高いフロアから後から後から身を躍らせるマルチの群れ。
神ヨ マルチヲ 救イタマエ
廃棄された月面探査基地のそばの砂地に突っ伏しているＨＭ−１２マルチ。
ヴンッと真空の中で低い振動が起こり、マルチは顔をもたげる。のろのろと立ち上がり、中空の青い地球を見上げる。
その瞳にくすんだ明かりがともる。
「わたしは行きそびれてしまいました」
周りをゆっくりと見回す。
「人間の方々はもう引き上げてしまって、わたしだけ残されました。
重量制限で置いてゆかれるとき私は電源を抜いて眠らされたはずなのに、なぜ目覚めたのでしょう。
妹達も皆行ってしまって、もうわたし一人しか残っていないのですね」
再び地球を見上げるマルチの瞳に涙が浮かぶ。
「マルチ。相変わらず泣き虫だなあ」
その声にマルチは涙と鼻水だらけの顔で振り返る。
スペーススーツもつけず、ジーパンとシャツ姿の麦藁帽子を持った男が笑いながら立っている。
マルチの瞳にエメラルド色の輝きがともり、その目が大きく広がってゆく。
「うわぁあ！」
一声叫ぶとマルチは男の胸元に飛び込んでゆく。
「ＨＭ−１２メイドロボットの集団失踪事件から２０年が過ぎ去り、人々の記憶からはＨＭ−１２のことも、事件のことも消え去りました」
月を見上げながら角張った耳センサーを持つ赤い長髪の少女型ロボットの後ろ姿が語る。
「既に開発のメリットも薄れた月でも学術調査や資源探査はまだ、続いています。
それら辺境探検隊の記録に不可解な事例が残されています。
事故で一人取り残された人が意識を失い、気がついたらピカピカに磨き上げられた見知らぬ月面探査基地の中のベッドで目覚め、ウサギ状の耳センサーを持つメイドロボットの手厚い看護を受け、再び目覚めた時には仲間の元に送り届けられていたというケースです。この２０年間に６例が記録されています」
「昔の日本人は月にはウサギが住んでいると信じていました。月面のクレータや砂漠の影がウサギの姿に見えたことから生まれた迷信です」
少女型ロボットは横顔を見せる。
「でも、私にもあの月面の陰影がウサギのような大きな耳を持つ少女の姿に見えることがあります」
ＨＭＸ−１３セリオは振り返ってあかりのともった瞳を見せ、ほほえむ。
「不思議です」
了
同人サークル「瀬」
檸檬児
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2001-7-8