南の島の誕生日
１２月１日は貴更さんのお誕生日です。
貴更さんに誘われてわたし達は寒い日本を飛び出して南の島で一緒にお誕生日を迎えました。
今日で貴更さんは16歳を迎えました。
朝になって一緒に過した椰子の葉葺きのバンガローの扉を開くと、南国の陽の光が目を焼き、その真っ白な光の中で貴更さんは眩しがる私の顔を微笑んで見つめます。
貴更さんは手を引いてわたしを外へと誘い出します。
以前わたしと一緒に海に行く約束をしていながら今年の夏は行けなかったので、年が明ける前にその約束を果たそうとの旅行でした。
人気のないビーチで毎日陽を浴びて、わたし達はすっかり小麦色に日焼けしています。
砂浜へと続く道に、南国の陽は濃い影を落としています。
眩しくて白い道を乾いた風に吹かれながらわたし達は歩きます。
貴更さんはこんな姿になっても、わたしとのたわいもない約束を覚えていてくれたのですね。
身じろぎもせずに眠り続ける貴更さんをわたしは見つめます。
ベッドに裸身を横たえたまま、貴更さんは南の島の夢を紡ぎ続けます。
お誕生日をこんな姿で迎えて、それでもわたしは何も出来ません。こうなることはわたし自身が望んだことなのに。
わたしは貴更さんを抱き起こしその肌を撫でます。こんなに柔らかで暖かな身体なのに、貴更さんはわたしを抱き返してくれません。その瞳はここにいるわたしの姿をもう見てはいないのです。
わたし達が暮らす孔の底に突き立った柱に沿って目を上に向けると、果てしない高みに口を開けた穴から濁った赤い空が覗きます。
この柱の頂上の十字架で、冷えて乾いた外の風に晒されながらあの子がわたし達の営みを見つめ続けているのです。
「満足？ わたしがこんな気持ちになるってことが」
わたしはあの子に語りかけます。
風に晒された髪と衣類は埃にまみれ、垢に覆われしなびた肌は異臭を放ちながら、あの子はこの孔の底で起こる全てを見続け、聞き続けているのです。
あの子はわたしには何も語りません。ただ見続けているのです。
この孔の底でわたしには全てが許されています。ベッドに横たわり夢を紡ぎ続ける貴更さんにわたしは人が叶えられること、人の身体では出来ないことを望みのままに叶えてきました。
空からのあの子の視線を身に覚えながら。
いくら呼びかけても、あの子はわたしに言葉を返しません。ただ十字架の上からわたし達を見つめ続けているのです。
わたしは空を見上げ、無駄と分かっていてもしばしあの子からの言葉を待ちます。
「ほたるちゃーん、何してんの？ 早くおいでよ」
貴更さんの呼び声でわたしは我に返ります。
前を歩いていた貴更さんが怪訝そうに振り返っています。
どこまでも広がる真っ青な空と眩しい陽の光、暖かな南の島の海岸のわたしの目の前で貴更さんが振り返って怪訝な顔をしています。
「はーい」
わたしは笑って貴更さんに応え、歩き始めます。
わたし達の他にはひと気のない白い砂浜には穏やかな波が打ち寄せ、海は目を奪う程の青さです。
さわやかな風が貴更さんの髪をきらきらと光らせながらなぶります。
午後になったらわたしはブーゲンビリアで大きなレイを作ってプレゼントするつもりです。
今日は貴更さんの素敵な誕生日なのですから。
檸檬児
'2004-12-17