ゆめみるほたる ４ 朝焼けの風
「もう起きていたの？」
「あ、貴更さん。お早うございます」
「お早う。この時期も夜明け前は風が爽やかねえ」
夜明け前の太陽はまだ現れていないものの、東の空はすっかり空色になっている。その東を向いた客間の窓を開け、ほたるちゃんはひんやりとした風に肌をなぶらせている。あたしは彼女に話しかける。
振り返ったほたるちゃんの声と窓からの風が、さらりとあたしの髪をなぶる。
「そのスカートって涼しそう。色も奇麗」
「はい、中にペチコートも付いているんですよ」
「その色を見てね、懐かしいことを想い出したわ」
あたしを見つめるほたるちゃんの顔が先をうながす。
「あたしね子供の頃にアブラゼミの脱皮をこういう夜明け前に見つけたんだ。植え込みの木につかまってて身体中そのスカートみたいな薄〜い緑色で、触ったら壊れちゃいそうだった。まるでこの世の生き物じゃなくって妖精みたいだったな」
「わぁ、わたし写真でしか見たことありません。本当にあんな蛍石みたいなんですか」
「うんそんな感じ。でも全然硬い感じじゃないの。朝ご飯食べて、学校に行く前に見たらもう普通のセミの色に変わっていたけど」
薄緑色の虫の想い出はあたしにもう一つの子供の頃の記憶を呼び覚ます。
幼い夏の夜に気配で見上げた窓の外に見た、はたはたと舞うオオミズアオの羽がやはりこんな薄緑色だった。
驚くよりも前に、夢のように大きな薄緑の羽の舞いに、あたしはガラス窓にへばりついてその姿を目で追った。オオミズアオはやがてあたしの家の隣に迫っていた森の樹々の闇の奥へと遠ざかっていった。
あのあとをどこまでもついていったら妖精の国に連れていかれるんじゃないかと、その時に小さなあたしは思ったのだ。
この話はほたるちゃんにはしなかった。ほたるちゃんのスカートを続けて２回も虫の色に喩えたら気味悪がると思ったからだ。
「朝日、出たね」
話し始めてほんの五分ほどで水平線に顔を出した太陽の最初の光が窓から差し込んで、あたし達の姿を照らす。
「妖精の時間、終っちゃいましたね」
「そうね」
「貴更さん、小さな頃からロマンチックだったんですね。妖精の国って」
「ふふっ、そうね」
ふと、あたしは妙な違和感を覚えた。妖精の国の話ってほたるちゃんにしたかしら。確か、『蟲』に関わることだったような気がしたのだけれど記憶があいまいになっている。
起きたばかりでまだぼんやりしていたから、その話もしたかもしれないとあたしは頭を振って考えるのをやめた。
「今日も暑くなりそう。さっ、顔を洗ってごはんにしましょ」
「はいっ！」
あたし達は語らいながら廊下へと向かった。
ふと、疑問がよぎる。あたし達はいつから一緒に暮し始めたのだろう？
バカげた疑問だった。あたし達はずっと前から一緒に暮していたのだ。なぜそんな疑問が起こったりしたのか分からなかった。
「どうしたんですか？」
ふいにテレ笑いしたあたしにほたるちゃんが尋ねる。
「うぅん、何でもない」
あたしは笑ってごまかしたのだ。
了
檸檬児
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'2003-7-6