ほたるちゃん。

　これであなたは良かったの？

　こんな木も草も生えていないところでそんな姿になって、たった一人で。

　『レイさん、レイさ〜ん』
　想い出の中からほたるの呼び声が聞こえる。

　『あら、ほたるちゃん。そんなに息を切らせて』
　振り返ると、あの日のほたるが駆け寄ってくる。

　話を聞くとほたると貴更姉さんとは仲が良かったらしい。
　あたしは貴更姉さんと顔も身体つきもよく似ている。
　ほたるはあたしに失踪した貴更姉さんの面影を重ねているのかも知れない。

　『うふふ、ほたるちゃんの甘えん坊さん』

　『あーん、レイさん。わたし甘えん坊なんかじゃないです』

　でも、あたしは貴更姉さんではない。レイなのだ。
　そのことを語ったことがあったが、その時ほたるは黙ってうつむいてしまった。
　いつまでも下を向いたままなので、顔を上げさせるとほたるは声も上げずに泣いていた。
　それ以来、あたしはほたるのしたいようにまかせることにした。
　正直、悪い気持ちではなかった。
　ほたるはすなおでいじらしい娘だったのだ。
　抱きついてくる時の甘い髪の香りも、くすぐったい想いをいだかせる。

　貴更姉さんとあたしは神社は違うものの同じ巫女であった。ただ、あたしは姉さんと違って人と付き合うのが苦手だった。
　明るくて前向きな貴更姉さんをうらやんでいた程であった。
　ほたるも、貴更姉さんとは勝手が違うあたしに戸惑っているのではないかと思うが、それでもほたるはあたしを慕い続けていた。

　『ほたる！　あなたを倒すわ』

　『あなたが犯人だったなんて』

　『貴更姉さんを、みんなをこんな目に遭わせていたなんて！』

　きっかけは匂いだった。

　手がかりは見つからず、潜入期限も少なくなり、あたしはあきらめて帰ることにした。だけど、転校の話をした途端、ほたるは急に胸を押さえてしゃがみ込んだ。慌てて抱きかかえた時、ふいに饐えた甘ったるい臭気が鼻を刺した。
　匂いはすぐ消え、あたしは真っ青になったほたるを自宅へと送り届けた。

　あれは妖気だ。

　あたしはすぐアパートに戻り巫女の衣装に着替え、先祖伝来の破邪の剣を身に付けた。
　ついで部屋の四隅にお札で結界を張ろうとした時だった。ふいに空間がぐにゃりと歪み、あたしは異様な赤い空間に取り込まれた。
　甘ったるい匂いに満ちたこの空間に、失踪した娘達が折り重なって倒れていた。娘達の体中にはおびただしい蛭に似た蟲共が絡みつき、うごめいていた。
　その娘達の中に貴更姉さんの姿を見つけ、あたしはおぞましさに耐えて近寄った。
　だが、貴更姉さんの身体の上に寝そべっていた黒衣の娘が、むくりと身を起こして立ち上がった。
　ほたるだった。
　巨大な鎌を手に、黒衣のほたるはあたしに笑いかけた。そして、ここで一緒に暮らそうと話しかけてきたのだ。
　怒りが爆発し、あたしは破邪の剣を抜き放った。

　『ふぅ　ふうう　レイさん・・・』

　『ほたる・・・何？　その身体は』

　一緒に暮らすのを拒むなら、魂を奪ってあの娘達の群れに加えると、黒衣のほたるは笑いながら語りかける。
　とてもそんな話を聞くことは出来ない。
　貴更姉さんを元に戻せと叫ぶあたしの目の前で、黒衣のほたるは蟲共が絡みついた姉さんを抱き上げ、頬擦しつつ、かぶりを振る。
　ここにいる誰も渡さないと。
　あたしは破邪の剣で黒衣のほたるに打ちかかった。

　だが、振り返ったあたしはおぞましいものを目にしたのだ。

　『バケモノぉっ！！』

　『ほたる。あなたの、自分の身体を見てごらんなさい！』

　『その身体が、あなたの心よ。このっバケモノ！』

　『レイさん・・・そんなに、そんなにわたしが！』

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　了