ゆめみるほたる
わたしはほたると言います。
ウラニア学園に通っている中等部２年生です。
仲良くしていたお友達のジェニーちゃんが引っ越しでいなくなってしまってとても淋しかったので、思い切って神社にお参りに行ったら、そこの巫女さんがクラブの先輩の貴更さんでした。
二人ともびっくりしましたが、それから貴更さんはいろいろ相談に乗ってくれるんです。
ジェニーちゃんにも、いつか会えるって慰めてもらって嬉しかった。
気が強くてクラブでは厳しい人なのですが、二人っきりになるととても優しくて、わたしはまるでお姉さんのように甘えてしまうんです。
貴更さんはそんな時にわたしの肩を抱き寄せてくれるのです。
抱き寄せられた貴更さんの香りは甘くて、わたしは思わずくらくらしてしまいそうになります。
貴更さんって素晴らしい人です。
神社の一人娘で、いつもキビキビ働いて神社を支えているんです。
大晦日に巫女さんのバイトに呼んでもらって、一緒にお仕事した時に貴更さんのお仕事ぶりにびっくりしてしまいました。
紙垂（しで）だって、わたしが１つ作る間にどんどん３つも作っちゃうし、お守りを売るのだって次から次にやってくる参拝のお客さんをてきぱき相手して、わたしなんかお客さんが怖くておどおどしちゃいました。
この日のお仕事が終わった夜は、貴更さんの部屋に泊ってお布団を並べておしゃべりしたのですけれど、とても楽しかった。
昔飼っていたペット達がいなくなったことや、せっかく出来たお友達がどんどんいなくなっていった話をしているうちに泣き出してしまったわたしを、貴更さんはお布団の中で優しく抱きしめてくれたんです。
その時の貴更さんはとっても柔らかくて暖かだったんです。
貴更さんは何でも気さくにお話してくれて、本当は開けっ広げな人だって分かったんですが、それでもやっぱり潔癖で神秘的で本当に最高の女性です。
こんな素晴らしい人は他にはいません。
わたしも勉強して巫女さんになって、一生この神社で貴更さんと一緒にいたいなって思いました。
でも、わたしは貴更さんのもう一つの顔を知ってしまったのです。
別の予定があるって言われて一緒のショッピングを断られた日の夕方、わたしは貴更さんが商店街のはずれにある教会の裏の廃屋になった洋館に奇麗な女の人と一緒に入って行くのを見てしまったのです。
不思議に思ってそっと後をつけると、二人は埃だらけの廊下を過ぎて地下室へと降りて行ったんです。
子供の頃から一人遊びをしていたわたしは、この洋館の裏から地下のボイラー室に行ける階段があることを知っていました。
ボイラー室の鍵はその頃拾ってわたしの机の一番下の引き出しの古いクッキーの箱に入っていたはずです。
わたしはすぐ家に戻って、クッキーの箱を開いてみました。
昔飼っていたペットの名札や、昔のお友達と交換したバッジやキラキラ光る緑の石の間に、真鍮の鍵がありました。確かにこの鍵です。
ふと、これらの宝物の間にジェニーちゃんがつけていたのと同じ形の小さな十字架があるのを見つけて妙な気になりました。
確かジェニーちゃんは引っ越してゆく時にも、これと同じ形の十字架を身につけて行ったはずでした。
洋館に再び戻った時には陽はすっかり落ちて、オレンジ色の夕焼けの中に洋館はまっ黒なシルエットを浮かべていました。
わたしは裏手からヒビだらけのコンクリートの階段を下りて、鍵を開けました。
幸いにも大きな音がせずに鍵は開き、わたしはボイラー室に忍び込みました。
その部屋には誰もいませんでしたが、そこから続く部屋のドアの隙間から糸のように黄色い明かりが漏れています。
女の人の笑い声がそこから聞こえてきます。
わたしはそっとドアの隙間に近づくと、そこから中を覗きこみました。
信じられない光景でした。
その部屋はきれいに片づけられ、周りの壁一面に青いベルベットが掛けられ、贅沢な家具が備えられていたのです。
白いテーブルクロスを掛けられたテーブルには、いい匂いのするお料理と強そうなお酒の瓶が沢山並んでいました。
そして部屋の中央に敷かれた毛布の上で、貴更さんが真っ赤なカツラを被り、ほとんど裸の身体に淫らな黒い革の服を着て、さっきの女の人と抱き合っていたのです。
この時になってわたしはその女の人が町の資産家Ｍさんの女当主ティモテさんであることに気付きました。何度か神社に参拝にも来ていたので顔も覚えていたのです。
なんということでしょう。
ティモテさんの手が貴更さんの肌を撫で回し、髪を撫でています。
それなのに、あの潔癖な貴更さんがいやがるどころか、むき出しの肌をすり寄せて真っ赤に塗った唇をティモテさんの唇に押し当て、わたしにまで音が聞こえるほど激しく口を吸い始めたのです。
そして二人は抱き合ったまま、床の毛布の上に崩れ落ちていったのです。
わたしは口の中がカラカラになっていきながら、ドアの陰からその様子を見続けていました。
それから先にそこで起こったことは、もうわたしの口からは言えません。
どうやって、そこから家に戻ったのか覚えていません。
いたい、いたい、いたい、いたい、いたい。
胸がどきんどきんと一回ごとに身体中の血が全て押し出されるように弾み、頭ががんがん鳴る。
胸が痛い、頭が痛い、いたい、いたい、いたい、いたい。
息が苦しい、世の中がみんな赤くてゆらゆら揺れて見える。
目に見えているものが本当かどうかもあやふやで、家にいつ帰り付いたかも覚えていません。
気分がすぐれないと、食事も取らずに自分の部屋のベッドに倒れ込んだことまでは覚えています。
いたい、いたい、いたい、いたい、いたい。
あれは誰、あの人は貴更さん？
違う、あれは潔癖で優しい貴更さんなんかじゃない。
わたしの貴更さんはつつましくて、わたしをそっと抱きしめてくれるの。
いい匂いに包まれて、わたしはとても安心して貴更さんに身をまかせるの。
薄桃色の貴更さんの唇は花のようなさわやかな香りがするのよ。その唇でそっとわたしの額にキスしてくれるの。
違う！あんな真っ赤な唇で、あんな音をさせてケダモノみたいに他の人の唇を吸うなんて！
あんなに大きく足を広げて何をやっているの！？ あの音！ あのきたならしい音！
いや、いやいやいやいや、いやぁっ！
いたい、いたい、いたい、いたい、いたい。
ここは、夢の中ね。
そうよ、わたしはお姫さまなの。
ここには何度も来たことがあるわ。
子供の頃から何度もよ。
さっきまでの痛みが消えているわ。
ここにはわたしの好きなものが何でもある。
小さなころ飼っていたペット達も、ここにはいつまでもいるの。
思い出したわ。
わたしがとてもかわいがっていたのに、わたしに爪を立てたり噛み付いたりしたことがあった途端、あなた達は急に姿を消したんだっけ。
机の奥の宝箱に、名札や羽根だけを残して、あなた達はどこかに行ってしまった。
とても悲しかったけれど、あなた達は帰ってこなかった。
なんであんなことしたの？でもいいわ、ここに来ればいつだってあなた達に会えるんだから。
ここで、これからもずっと待っているのよ。
わたしはお姫さまなんだから、ここでは何だってできるの。
ジェニーちゃんや、エリーちゃんや、子供の頃のお友達のリカちゃんだって、ここにいるのよ。
わたしが望めば、またみんなと一緒に遊べるの。
あなたは誰？
わたしと同じ顔？
あなたはわたし？
これも夢の中？
今までも何回かあなたに会ったことがある気がする。
わたしはあなた。
いつもわたしはあなたと共にある。
眠りの中でわたしたちは出会う。
求めるがよい。あなたの夢を。
思い出した。
ペット達がいなくなった夜。
お友達がいなくなった夜。
わたしはあなたに出会っていた。
痛みの中であなたは眠り、この赤い世界で目覚める。
見るがいい。
あなた自身の姿を。
あなたの目の前に立つあなた自身の姿を。
むさぼるがよい。あなたの夢を。あなたの魂を。
ここはどこ。
これは夢？
あれは貴更さん？
そしてあれがわたし？
受け取るがいい。
これがあなたが望んだ夢。
彼女はいつでもここにいる。
これがあなたが望んだ姿。
あなたが望んだ世界。
わたしはあなた。
いつもわたしはあなたと共にある。
貴更さん。
もうどこにも行かないのね。
わたしだけの貴更さん。
誰にも渡さないわ。ずっとわたしが守ってあげる。
貴更さんの薄桃色の唇、とてもいい香りがする。
とても柔らかそう。
わたしにキスして。そっと額に、そして唇に。
わたしはこれからもずっと貴更さんといるわ。
誰にも渡さないわ。汚れないようにずっとわたしが守ってあげる。
だからキスして。
わたしだけの貴更さん。
夜が明けたわ。
痛みも消えた。
だけど、わたしのお友達はもう口を開いてくれない。
どうしてわたしは一人なの？
さっきまであんなに楽しくおしゃべりしていたのに。
どうしてみんな黙っているの。
ここはどこなの？
本当に夜は明けたの？
誰か。
誰か。
お願い。
わたしのお友達になって。
わたしはほたると言います。
ウラニア学園に通っている中等部２年生です。
仲良くしていたお友達の貴更さんが引っ越しでいなくなってしまってとても淋しいです。
わたしとお友達になってください。
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'98-AUG-16