冬至祭
12月24日の夜、明日の冬至祭を祝う歌が「猫の丘」と呼ばれる小さな丘の上の柱状列石の前で、白い少女２人によって唄われました。
12月25日はケルトの時代の古代ヨーロッパの暦では冬至の日で、この日を挟んだ季節は悪霊が跋扈し死者や祖霊が現世に戻ってくる恐ろしい季節でした。
その恐ろしい季節が終ることを祈り、祖霊に供物を捧げて慰め、力を失った太陽が復活し悪霊共を追い払ってくれることを神に祈ったのが冬至祭です。
キリスト教の時代になり冬至祭はクリスマスと名を変えられ、ユダヤ出身の救世主イエスの生まれた日を祝う祭りとなり、現在では冬至祭をそのままの姿で祝う人々はいません。微かな断片がクリスマスの中に異教的な要素として仄見えるだけです。
信じる神が何であれ、荒涼とした不毛の冬のさなかに、新たな活き活きとした季節の訪れを祈るのが冬至祭だったのです。
２人の白い少女の歌声は立ち並ぶ岩々の間を水晶のように木霊し合い、空へと広がってゆきました。
しんと冷えた空気に残響を残して歌が終わり、聴き手の拍手が岩の間に響きます。
聴き手は教授とミリアム、エルフランドから来た迷い姫のリラゼルの３人です。
「リラゼルも喜んでいる。シーラとルシアはエルフランドの遠い血を引いているし、この場もエルフランドに近い世界に属するからな」
教授の言葉にミリアムは笑います。
「近いというより敵対する世界ではないの？ 昔は古い神を祀る血腥い儀式が行われたそうじゃない。それにリラゼルのあのドレスはなに？」
教授も苦笑します。
「こともあろうにキリスト教のサンタクロースの、それも町のケーキ屋の娘用のアレンジのデザインだからなあ。リラゼルにせがまれた志野は喜んで作ってあげていたんだが。まあ、喜んでいるからいいじゃないか」
「リラゼルもけっこうミーハーだってことね。それでも裸足だし、あの下には何も着ていないんでしょう」
「当然だ。それよりシーラとルシアを早く呼んでやれ。屋敷に戻って共に冬至祭を祝おうではないか」
呼ばれた白い姉妹はリラゼルと囁くような声で語り合います。
やがて振り返ったリラゼルは教授にエルフランドの言葉で語りかけます。
眉を上げて聞いていた教授はやがてミリアムに語ります。
「岩が語ったのを聞いたとシーラ達が言っている。ミリアムが言ったように、ここでは昔、神への生贄の儀式が行われたそうだ。その呪いは現在まで続いているという」
ミリアムは思わず立ち並ぶ岩を見上げます。
白い姉妹は今はお互いに静かな微笑みを浮かべ語り合っているだけでした。
「だが、その呪いももうすぐ終ると言っている。歌姫には我々には見えないものが見え、聞こえないものが聞こえるらしい。この森の奥で、その呪いが終わりに向かって動き出したのだと言う」
ミリアムは背後に迫る広大な夜の森へと目をめぐらします。
「歌姫が喜んでいるのは、何者も終らせることが出来なかった呪われた者の魂が解放されることを祝ってだ」
ふと袖に動きを感じて振り返るとリラゼルがミリアムの袖を引っ張っています。その片腕が森の奥の一点を指し示しています。
「あそこで今その者が目覚めようとしている。だが、我々に出来ることは何もない」
気付くと白い姉妹２人も、その方向に視線を注いでいます。
「だから見届けようではないか。その呪いの終焉を」
教授の言葉は立ち並ぶ列石の間に木霊し、木霊が消えた時に彼ら５人の姿はかき消えていました。
森の奥の暗い沼に囲まれて石造りの館がありました。蔦に覆われたその館の最上階の部屋に横たわる柩に、煤けた窓から月光が差し掛かっています。その時かすかに柩の重い蓋がきしみを上げてずれ、また静まります。
そのかすかな動きを見ていたのは窓から覗く月だけでした。
檸檬児
'2003-12-30