エピローグ　そして二人はいつまでも

maid_e


　ベランダの椅子からは碧く茂る林が見え、交差する木々の枝の間からはるかに沼の水面が輝く。
　屋敷の書庫にはどれ程が蔵書されているのだろう。幼い頃に見上げた埃っぽい空気もそのままに、革や布の背表紙が並んでいる。
　日本語、フランス語、英語の膨大な蔵書が私にひもとかれるのを待っているのだ。
　子供の頃見て題名だけ覚えている本も、成人してから読んだまま記憶の淵に沈んでいた本もある。名も知らぬ本達の方がずっと多い。
　ほたるは蔵書のほとんどを読み終えているのだという。
　今日も私は１冊の本を選んでこうしてベランダの椅子で読書を楽しんでいる。天気は晴れているがベランダは木陰になっていて本を読むにはちょうどいい明るさだ。
　こうしてのんびり読書するなど何十年ぶりのことだろうか。
　ふと、背後から軽い足音と共に微風に乗った香ばしい匂いがやってくる。
「ごせいが出ますね。お茶はいかがですか？」
　ほたるが磁器の盆に盛ったティーセットをテーブルに置く。
「ありがとう。ほたるも一緒にどうかね。この本についてほたるの意見を聞きたいんだ」
「はい、喜んで」
　ほたるは微笑みながらティーカップを２セット用意する。
　ポットからFAUCHON の香ばしい紅茶がそれぞれのカップに注がれ、１つをテーブルの私の目の前に、もう１つを私の対面の椅子の前に置く。ほたるがいつも腰を下ろす定位置なのだ。
「今日はマドレーヌを焼いてみたんですよ」
　紅茶を置くとほたるは磁器の盆に載っていた大きめの丸鉢の蓋を開ける。バターの新鮮な香りがただよう。思わず上げた賛嘆の声をほたるは嬉しそうに聞く。
　その時、木々の間の沼面にはためく色彩が見え水音が聞こえてくる。
　私とほたるはそちらを眺める。
「トキ色だったな」
「はい。お茶の後で散歩をしませんか？　あそこまで」
「そうだな。ついてきてくれるかね」
「もちろんです。お供します」
　私は傍らに佇むほたるに目を向ける。
　ほたるはその頬に静かな微笑みを浮かべて鳥達の姿を目で追っている。
　ふわと、つつましい香りが鼻をくすぐる。私は目を戻し、ほたると共に木々を透かして鳥達の姿を追った。

了



maidxx

くすっ

檸檬児
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'2002-5-13