マジカル少女怪盗ホタキャット登場！
光あるところ、影あり。
巨悪はびこる闇を切り裂き、奸物の手の元の財宝を奪い、密かに庶民の喝采を浴びる義賊がいた。
人間離れしたしなやかな身ごなしでいかなる警備をもすり抜け、まだ写真に撮られたことすらなく、ただ猫の耳を生やした少女の姿をしていることのみ知られているこの怪盗を人々はホタキャットと呼んだ。
やはりこの街を騒がせていた女盗賊・紅百合と共に人々の噂が絶えることはなかった。
ホタキャットと紅百合は対立し合っているらしく、時には同じ獲物を同時に狙ってキツネとタヌキもかくやのバカシ合いを繰り広げることもあった。
被害に遭った富豪達の批難は警視庁に集中し、鬼警部として知られたシャルル・蟹丸警部は万全の捜査陣を敷いて２人の怪盗を追ったものの、常に裏をかかれて地団駄を踏むばかりだったのだ。
ホタキャットが誰なのか誰も知らないけれど、その正体は地元の小中高連続のウラニア学園に通う中学２年生の少女・ほたるちゃんだった。
ほたるちゃんは同じウラニア学園高等部の貴更先輩に憧れるごく平凡な少女だった。
ある日、貴更と共に今はもう使っていない廃校舎を探検した時に、美術室の封印されたロッカーの中に厳重に封をされた２つのツヅラを見つけた。
大きなツヅラを貴更が、小さなツヅラをほたるちゃんが開けたところ、急に眩しい光がさして、気が付いたらそれぞれの家で開いたツヅラを持って戻っていた。その間、何があったのか全く記憶になかった。
ほたるちゃんの小さなツヅラにはネコミミが入っていた。
それを頭につけたところ、聴覚が何十倍になっただけでなく、着ていた服が変化して黒猫を思わせる軽快な姿になり、身も軽くなって、同時に普段の自分では考えられない程の積極的な気分になった。
夜の街に飛び出してみたら、顔見知りの人の誰にも自分の正体を気付かれることはなかった。
大きくなったらセーラームーンになりたかったという子供の頃の夢を体操が苦手なことから諦めていたほたるちゃんにとって、この新しい力は大きな扉を開いたのだ。
ビルの屋上から屋上へとジャンプで駆け抜け力を試していたほたるちゃんは、とあるビルでクラスメートのリリアンのパパから中華料理店の土地を騙し取ってサラ金ビルを作る相談をしていた悪徳不動産屋と暴力団の話しを聞いてしまった。
バリン！ といきなりガラスをブチ抜き、吹き込む風と揺れるカーテンにになぶられて月を背に窓枠に仁王立ちで腕を組んだ少女の姿に悪漢共は仰天した。
「町のみんなが愛する海鮮焼そばのお店を騙し取ろうなんて許さない！ この・・・ええと・・・ホタキャットが月に代わってえ、おしおきよっ！」
ほたるちゃんにびしっと指差され、あまりと言えばあまりのセリフとポーズにおったまげた悪漢共が顔を見合わせた途端、猫パンチ、猫キック、両手突き飛ばし、膝かっくんの流れるような連続攻撃に、気が付いた時にはロープでグルグル巻きにされていた。
実にミラクルであった。
騙し取った土地の権利書と犯罪の証拠書類、ついでに悪徳不動産屋の宝物だった純金製クルストファー・リー像を手にほたるちゃんは夜の闇へと消えた。
ホタキャットの伝説はその夜から始まったのだ。
ホタキャットが登場したのと時を同じくして別の華麗な盗賊が利権に群がる腐敗役人や業者達の豪邸を荒らし廻っていた。
犯行現場には必ず「紅百合参上」とハートマーク付きのカードが残され、集めた財宝を盗まれるならまだしも、不正の証拠書類まで奪われその日のうちにマスコミ、警察、インターネット匿名掲示板、ご町内の回覧板にまで公開されまくっていたため、庶民の大喝采を浴びていた。
活動内容はホタキャットと似てはいたが、マルサだってここまではやらないと言われる程に悪事の証拠を捜す手段は荒っぽく、攻撃を受けた屋敷の壁から天井、床に至るまで砕かれ、盗賊の気性の激しさをうかがわせるものだった。
「これで、もの盗りさえしなければ」と密かに蟹丸警部ですら口走った程の完璧な捜査ぶりだった。
そんな紅百合とホタキャットとが同じ獲物の取り合いをすることもまれではなかったが、とうとうこの日正面からの激突になってしまったのだ。
「小娘、いきがっているようだけど今度の獲物はわたしのものよ。さっさと手を引くのね」
紅百合がモーニング・スターの鎖をじゃらりと鳴らして構える。
「わたしが先に狙ったんです。エメラルドのビオランテ像はわたしがいただきます。手形のパクリの証拠書類はもう私が手に入れているんですよ。あなたこそ手を引きなさい！ 紅百合」
低く身を構えホタキャットは紅百合をねめ上げる。
「手形のパクリ？ なに小さいこと言ってるのよ。ご禁制のイリオモテヤマネコの子猫３万匹の密輸の証拠書類は私が抑えたわ。国際問題クラスよ。もうあなたの出番じゃないわ」
思わずひるみ、つぶやくホタキャット。
「ほ・・・欲しいかも。イリオモテヤマネコの子猫・・・」
「先は先だわ、紅百合」
改めてホタキャットは軽く身を浮かせ攻撃態勢に移る。
「ふーん、あなたとは一度きっちりと勝負を付けたかったんだな、わたしも」
紅百合はニッと笑みを浮かべ軽く足を前に出して態勢を整える。
部屋の隅では悪事の秘密を全部知られた広域組織暴力団・関東冥土組の組長とその秘書が縛られたまま二人の対決を見詰めながら、ゆっくりと壁際ににじり寄っているが、二人はそのことに気付いていない。
「とぉっ」、「やぁ」と双方の掛け声と共に口火を切り、天井にまで靴底の跡をつけるほどのホタキャットと紅百合の格闘は部屋の中狭しと互いの技を繰り出し、跳ね回り闘い続けること数合。
果敢さと凶暴さで紅百合がついにホタキャットを床に押さえ付けた。
「これで終わりよ、ホタキャット。お行儀の悪い子は火星に代わって折檻よ！」
そう言うや紅百合はでっかいナイフを振り上げる。
紅百合は子供の頃、大きくなったらセーラーマーズになりたかったのだ！ もとへ、今はそれが問題ではない。
「紅百合！ そのナイフでどうする気！ わたしはあなたが人を傷付けないことだけは尊敬していたのに」
「だーれがこんな小便臭い小娘なんか切るもんですか。このナイフでね、あなたのそのイキがった服を切り取って裸で外に放り出してやるつもりなの！」
「えぇっ！」
ホタキャットは目を丸くする。
「いやーん、いやーん」
ホタキャットは手足をじたばたさせるが紅百合はびくともしない。
「わぁお、可愛い。お姉さん、どっきどきしちゃう」
口元に笑みをたたえ、紅百合はナイフをホタキャットの襟元に近づける。
「今です、組長」
壁際の柱のそばで秘書が低い声で囁く。
「あ、もうちょっと、ワシもうちょっと見ていたい」
組長は紅百合とホタキャットの絡みに目が釘付けだ。
「なに言ってんですか！ そんな場合じゃないでしょ」
秘書はかまわず柱に隠されたスイッチを押す。
くるりと壁のその部分が回転し組長と秘書の姿を裏側に隠した。
「あ！」
紅百合とホタキャットは同時に叫ぶ。
その瞬間、組長の机の上にあった純銀のゴーガの像が大爆発した。
硝煙が消えたあと、木端微塵になった部屋のソファーに寝かされた紅百合と、それをかき抱くホタキャットの姿があった。
「紅百合、あなたがとっさに上にかぶさってくれたおかげで、わたしは助かったのよ。死なないで！」
「勝手に死なさないで・・・なんでかなあ。あなたがわたしの知っている子にちょっと似てたせいかしら。頼りなくてほっとけなくて。子猫みたいな子・・・」
紅百合は思いがけず間近なホタキャットに目をやり、細い息を漏らす。
ホタキャットは紅百合の黒い長髪に顔を埋める。
「いいかおり。甘いのにさっぱりしていて、貴更先輩にそっくり」
髪に顔を埋めたままホタキャットは呟く。
「え？ 貴更先輩って、あなたもしかしてほたるちゃん！？」
叫び思わず身を起こした紅百合は激しく咳き込む。
「はっ、よく見れば本当に貴更先輩！ あぁっ、わたし何てことを。しっかりして下さい、先輩！ 一緒にコミケに出ようって約束したじゃありませんか。こんなところで倒れないでくださいっ」
ほたるちゃんは貴更にしがみつく。
「スランプなのよお。約束したライオン・キング本、落とすかも。もうトーンを貼る元気もないわ」
貴更は弱々しくうつむく。
「トーンなんて・・・そんなもの主人公には貼らずに白いライオンってことにしちゃえばいいぢゃないですか！ そんな弱気にならないで下さい。ライバルのリリアンちゃんもロード・オブ・ザ・リング本で冬コミケに出るって頑張っているんですよ」
「主人公は白いライオンかぁ・・・それもいいかも（あそこの弁護士が怖かったんだよねえ）。リリアンも頑張ってるんじゃ負けられないわね」
「はいっ！ リリアンちゃんの新刊は『庭師』って言うそうですよ」
「庭師？！ ・・・あ、あの小娘、やるわねっ」
ちょうどそこへ、遠くからパトカーの音が近づいてきた。逆ギレした悪党共が蟹丸警部に通報したようだ。二人は素早く顔を見合わせる。
ソファーから素早く立ち上ろうとした貴更は膝をかかえてしゃがみ込む。
「だめ、足をくじいている。ほたるちゃん、わたしを置いて逃げて！」
ビルの下でパトカーが急停止し、ドアが次々と開き人が飛び出してくる音が窓から響く。
「何を言ってるんですか、貴更さん。私は今、マジカル少女怪盗ホタキャットなんですよっ！」
微笑するやホタキャットは腰をかがめ、貴更をお姫様だっこするや、窓から外へと飛び出した。
「あれだ！ 逃がすな！」
地上からの探照灯の光の柱を縫ってビルからビルへと宙を舞う黒い影に、コートの裾をはためかせて蟹丸警部が警官隊に叫ぶ。
地上の喧騒をあざ笑うように黒い影は軽々とスキップして都会の夜の闇の奥へと消えていった。
「うぅぬ、またしても逃げられたか、ホタキャット！ 紅百合！ 次こそ必ずこの手で捕らえてやるぞ！」
蟹丸警部の叫び声はすでに２人の少女怪盗のはるか背後で虚しく空に吸い込まれてゆくだけだった。
満天の星とまんまるな月の下、町の空を自分を抱いて疾走するホタキャットの華奢な胸元から、ほてった顔を夜風になぶらせて貴更は顔を見上げた。
「黒猫にかかえられてお散歩なんて、いつも使っている宅配屋さんのマークみたい」
ふとたまらなくおかしくなり、貴更は大声で笑いだした。それに吊られてかホタキャットも笑いだした。
ふわと舞い降りた教会の屋根の上で足を休め、満月に照らされた二人の少女達はいつまでも笑い転げたのだった。
ホタキャットと紅百合がふいに町から姿を消し、人々も噂をしなくなった。
二人は儲けた財宝で外国に高飛びしたのだろうというのが大方の結論だった。
中にはあの二人は同士討ちしてもうこの世にはいないとしたり顔で語る者までいた。
警視庁の刑事部屋では蟹丸警部が心なしか淋しげに日々の業務をこなしていた。
ところが、ウラニア学園の閉鎖された廃校舎の美術室では貴更とほたるちゃんが今日も紅百合とホタキャットに変身してじゃれ合っていたのだ。
「ね、聞いた？ 今度の新任のドドール国の大使がオパールのバルゴン像を博物館に寄贈するんですって」
「聞きましたよ。でもドドール国って日本の業者と兵器部品の不正貿易の疑いが出ているところじゃないですか」
「そうよ、面白いでしょ」
「面白いですねえ」
紅百合とホタキャットは顔を見合わせ、笑みを浮かべた。
蟹丸警部のデスクの電話がけたたましく鳴り響いたのは、それから４日後のことだった。
「何？ 出たか！ 奴等か！」
受話器を耳に当てた蟹丸警部の顔がライトが灯ったように生き生きと輝きだす。
美少女怪盗コンビの話は始まったばかりだ。
＜＜終わりだ＞＞
2003年の夏ごろイキオイで作ってはみたけれど余りのおバカさ全開ぶりに没にしたものです。
2004年の２月中旬に掲示板にて臨時に公開したものですが、「これはこれで」と思い直して正式にアップしました。
美少女怪盗という発想はセイント・テールが元ネタでした。
それ以前の子供の頃から「怪盗」が好きでした。むろんアルセーヌ・ルパンの影響です。「奇巌城」だったかで、貴重な宝石や精密な細工物を手で鷲掴みすることの快感を語っていたのはトラウマになりました。
「カリオストロ伯爵夫人」でルパンを手助けする男爵令嬢のクラリスの健気さも印象に残っています。この作品の巻末でルパンとクラリスの間に出来た男の子がカリオストロ伯爵夫人に誘拐され、続編で成人してルパンと対決するのは・・・ルパン２世？
ルパンにホームズが勝手に登場させられたのは、これって現在のアニ・パロの同人ライターさん達に果てしなく精神的に近いのではないでしょうか。
試行錯誤の時に、この格好イカス！ と思った螢子ちゃんです。ネコミミとレザーパンツはノア・ドローム製で上着はドール・イベントで入手した作者さんの名前失念のことろです。貴更の赤チャイナはその頃に出たばかりのアゾン製です。
妙に気に入ってしまったキャラクターなので貴更先輩だけでなくウラニア学園の下級生まで巻き込み、強力な敵コンビも出る少女活劇でまともな話を作ってみる予定です。
檸檬児
'2012-6-26