シンシア
自分の部屋にいたはずなのに、気がつくと荒れた洋館の中を歩き回っていた。
外出する時にはシモーヌ姉さんがいつも一緒に付いてきてくれるのに、私一人だった。
部屋から部屋へと歩き廻っても、荒れた白い壁のガランとした部屋ばかりだった。
長い廊下に立ちすくんでふと気付く。私は足が悪くてこんなに歩き回れるはずがないことを。だからいつもシモーヌ姉さんが付いてくれていたことを。
ここは、どこなの？
その時、一つの部屋から歌声が聞えてきた。半開きの部屋のドアから赤い光が漏れている。
覗き込むと、部屋の床から壁、天井まで深紅のビロードが広がっている。
部屋の真ん中に椅子が２つあり、１つに私ぐらいの歳の見たこともない奇麗な少女が座っている。
その隣に長身で髪の長い青年が佇み、私にもう１つの空いた椅子を指し示す。
この椅子に座ってもいいんだろうか？
「教授、シンシアちゃんよ。シモーヌさんの」
少女の囁く声がする。二人は姉さんのことを知っているような口ぶりで互いにひそやかに笑い合う。
教授と呼ばれた青年の本当の年齢は分からない。そう言えば少女も見たままの年齢ではないかもしれないという思いが浮かぶ。
そうか、ここは夢の中なのだ。だからこんなに状況が分かるのだ。
私は椅子に座っている。どうやら少女がここまで導いてくれたらしい。
ずいぶんと時間が経っていることが分かった。私はこの２人とさっきまでお茶会をしていたのだ。
「可愛いドレスでしょう？ 私が選んだの。気に入っていただけた？」
私が着ているこのドレスは少女が選んでくれたのだ。そうだ、私はこの二人に招待されたのだ。いつの間にか私はそんな気になっていた。何か変だという気持ちは心の底に沈んでいた。
「この屋敷で暮らさない？」
少女が私の顔を覗き込む。甘い吐息とふわふわした巻き毛の柔らかさに私は酔ったようだった。香り高い紅茶と、美味しいケーキ。教授とのエスプリのある会話や、少女の軽い笑い声も素晴らしかった。
「ええ、素敵だわ」
私は答える。
気がつくと白い荒れた壁にかこまれたガランとした部屋に私は座っていた。
「シンシアちゃんって、こうしているとお人形さんみたい。とっても可愛いわ」
身体が動かない。声も出ない。
少女は私の髪や頬をなで、リボンの位置を直してドレスを整える。
「これでいいわ」
少女は私から身を離し、自分の仕事の出来栄えを見つめる。
少女の後ろには教授が立っている。
「ああ、きれいだね。○○」
教授は笑って私を見つめ少女の名を呼ぶ。そうだ、お茶会で何度も少女の名前が出たのに、その名前が思い出せない。
教授は部屋のドアを開く。その向こうは赤い部屋が続いていた。
私は空いたもう一脚の椅子と共に白い部屋に残される。
教授の陰で少女が私を見ながらくすくす笑う。
「待っていたまえ、そのうちシモーヌを」
そこまで言うと教授は頬を歪めて笑い、少女を連れて部屋を出てドアの向こうに消える。
ドアの閉じた残響が部屋から消えると、何の音もしなくなる。
いや、私の心臓が打つ音が耳に聞えてくる。
姉さん、シモーヌ姉さん。
私は声も出せず姉さんのことだけを考える。
これは夢なのだ。いつかは醒めるのだ。なのに、窓の外では日が昇り、日が沈み、夜を迎え、また日が昇る。その繰り返しがもうどれ程続いているだろうか。
今でも私はここに座っている。
同人サークル「瀬」
檸檬児
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'2005-9-24