夜族　ナイト・ブリード

　私は志野。教授づきのメイドです。
　ただの人間です。
　あれはもう何年前のことだったでしょうか、勤め帰りの私は夜族が人間を襲ってその生気を奪っている現場を目撃したところを教授に見つかり、彼の気まぐれから犠牲者と同じように生気を奪われるか、それとも一緒に旅をするかを選ばせられ、彼らと同行することになりました。
　そして生活感ゼロの教授やミリアム様の身の回りの世話をするため、私をメイドに仕立てて連れ歩いていたのです。
　その時から私の時間は止まりました。彼等と共に旅を始めたのは何年前ではなく、何十年も前だったような気もいたします。私はもう人間ではないのかも知れないと思うようになりました。

　夜族について、まだお話していませんでしたね。
　簡単に言えば・・・そう、人間に似た姿をした人間ではないものです。魔女、妖精、もののけ、魔物の一族です。
　普段は私の前には姿を見せることはないのですが、教授とミリアム様は他にも大勢の夜族の仲間を引き連れているのです。


　教授と行動を共にするのはミリアム様や使い魔といった夜族ばかりではありません。
　リラゼル様という耳の長い少女がひっそりと付き従っています。
　彼女も人間ではないのです。いつも薄着で暑さも寒さも感じず、たいそう身が軽く、人間には分からない言葉で歌をうたい鳥や獣と言葉をかわします。
　でも、この世にはリラゼル様の仲間はいません。彼女はエルフランドのこの世では唯一の生き残りなのです。
　意外にも教授はそんな彼女への心配りを絶やしません。


　地上から失われた国エルフランドの少女リラゼル様を拾ったのは教授でした。
　たった一人で廃墟に倒れていた彼女は息を引き取るところでしたが、教授は彼女の命を救い、リラゼル様のいた国エルフランドに帰してあげようと約束しました。
　教授にどんな意図があるのかは分かりませんが、それ以来リラゼル様は教授とミリアム様と共に旅をしているのです。
　ミリアム様はリラゼルを教授のペットとからかいますが、リラゼル様は教授をお慕いしているようです。


　教授はよくリラゼル様を森や深い谷間や浜辺に連れてゆきます。
　それらの場所はエルフランドの国境いからたったの数十キロしか離れていないのだそうです。ただ、何かの条件が揃わないとその地への境界を越えることが出来ないのだといいます。
　リラゼル様は境界のかなたから聞こえてくるエルフランドの角笛に耳を傾けます。

　ある時そんなリラゼル様の後ろ姿を眺めながら、教授はミリアム様にリラゼル様がエルフランドに還る時、世界は滅びると笑いながら語ったことがあります。
　それならその時はずっと先のことだわとミリアム様は笑い返しました。


　ミリアム様と教授には使い魔がいます。二羽のフクロウです。
　使い魔とはラブクラフトの小説の魔女のケザイア・メイスンの僕のブラウン・ジェンキンズみたいな獣です。
　でも、この二羽はあんな恐ろしげな怪物ではありません。私が昔好きだったアニメ「狼少年ケン」のチッチとポッポみたいな元気な子とおっとりした子のコンビです。

　ミリアム様と教授のくつろぎの時間、外から帰ってきた２羽のうち元気な子が教授に調べてきた情報を話しています。


　おっとりした子はミリアム様とのんびりおしゃべりしています。
　ミリアム様が最近お気に入りだという人間のシンシアとシモーヌの様子を聞きたがっていることを、賢いこの子はよく分かっているので、まるで昔話をするお爺さんのような口調で語っています。


　恐ろしい性格のミリアム様ですけれど、こういう時は普段とは違った子供っぽい表情を見せてくれます。お話をせがんでいるようにも見えます。
　お話の内容は次の餌食についてのとても恐ろしい内容なのですけれど。

　私にも教授がペットを与えてくれました。南の国で捕まえたというトッケイです。ヤモリにしては大きすぎるようにも思えますが、一日の仕事を終えて自分の部屋に戻ってくつろいでいると、甘えて寄ってくるのがとても可愛らしいです。
　大好きだった光瀬龍のＳＦに出てきたペットのトカゲの名前を取って「ペンペン」と名付けて可愛がっています。


　教授達の生活はいつも神秘に溢れてる訳ではありません。
　今日もこんなことがありました。

「旦那様、何度申し上げたら分かるのです。マントを脱ぎっぱなしではシワになるではありませんか。せっかくの素晴らしいお仕立てのお品ですのに」
「あぁ、済まん。志野君」
　余りにものに頓着しない教授の生活ぶりに、さすがについ私も声が尖ってしまうことが度々あります。

　その夜、私が部屋に戻ろうとした時に教授がミリアム様相手にぼやいているのが聞こえました。
「志野はずいぶんとキツいじゃないか。生身の人間にしては」
「教授が無造作すぎるんじゃない？　志野はよくやってくれていると思うわ。確か、あのマントだってせっかくの仕立てなのに教授ったら脱いだら脱ぎっぱなしだったじゃない。私はシワだらけのマントの男と一緒に歩きたくはないわね」
「・・・つるんでいるのか？　おまえ達」

　こと家庭生活の場になると教授の立場はなさそうです。
同人サークル「瀬」
檸檬児
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'2005-9-24