シャルル君の初夢

　僕は今日からメイドになった。なぜだか分からない。
　お屋敷の主人が誰なのか分からないけれど、次々に仕事を命令される。やってみるとメイドの仕事はとても大変だ。
　メイドは初めてなので僕には先輩メイドがついた。
　ほたるだった。ほたるはとても仕事が出来て要領の分からない僕に仕事のコツを教えてくれる。
　これまでずっと僕は屋敷の子供としてほたるに面倒をみてもらっていたけれど、本当はとても大変な仕事だったんだ。屋敷の誰よりも早起きしなければならないし、ちょっとした事でもその為に色々準備しなければならないのだ。

　そして僕はトイレの掃除を命令された。
　とてもイヤだった。でもほたるが水の入った重いバケツを持ってくれた。
　急にとても悲しくなった。
　坊ちゃま坊ちゃまと呼んでもらってワガママを言っていたのに、僕はもう坊ちゃまじゃなくて召使いなんだ。それもスカートをはいたメイドだ。冬休みが終わったら学校の仲間からもバカにされるに決まっている。いや、もう僕には冬休みなんてものはなくなったのだ。
　僕のメイドだったほたるは今では僕の先輩なのだ。僕をどう思っているのだろう。
　僕ら２人の他に誰もいない廊下をトイレ掃除の道具を持って歩いていると、坊ちゃまだった頃の僕とほたるとの想い出がどんどん溢れてくる。

「お仕事、つらいですか？」
　ふいにほたるが話しかける。見上げるとほたるが僕を見つめている。
「泣いています」
　その言葉を聞くと、急に悲しさが込み上げてくる。
「違うんだ、仕事がつらいんじゃないんだ。もう僕はこの家の子じゃないんだ。一生メイドでいなくちゃいけないって思ったら悲しくなちゃって」
「メイドになることは悲しいですか？」
　僕は思わずほたるの顔を見つめ返した。何か大変なことを言ってしまった。
「私は悲しい生き方をしているのですか？」
　ほたるは本気で聞いている。僕は本気で答えなくちゃいけないのだ。
　違う、メイドになったことじゃない。スカートをはいているからじゃない。僕が悲しいのはそれじゃない。
「だって、もうほたるは僕のメイドじゃないじゃないか！　誰か他の人のメイドになっちゃったじゃないか！　そう思ったら僕」

　うまく言葉が見つからない。ほたるがもう僕のメイドではなくなってしまったことが、改めて思い出される。僕はほたるを失ってしまったのだ。そして悲しさがますます膨れ上がる。
　ほたるが微笑む。
「シャルル様。どんな姿になっても、シャルル様は私のシャルル様ですよ」


　僕は飛び起きた。
「お早うございます」
　ほたるの声に振り向くと窓辺にほたるが立っている。手に持ったトレイからミルクティーの香りが部屋に広がっている。
　僕は自分の胸に手を当てる。着ているのはパジャマでここは僕のベッドの上だ。枕元にはお気に入りのネコムシの縫いぐるみもある。
「夢をご覧になりましたか？」
　ベッドサイド・テーブルにミルクティーのカップを置き、ほたるは微笑む。
　あまりにも恥ずかしい夢だった。ほたるの顔をまともに見ることが出来ない。
「良い夢でしたか。今日見た夢を日本では初夢って言うんですよ」
　初夢のことは学校で仲間から聞いていた。確か、それで将来を占うとか言っていた。でもまさかあんな夢が。
「ほたるも初夢って見た？」
　窓の厚いカーテンを開けているほたるに聞いてみた。
「はい」
「どんな夢だったの？」
「秘密です」
　ほたるはそう言ってからくすくす笑う。


「坊ちゃま、急に起きてお身体を慌てて触っていましたけれど、何か悪い夢だったのですか？」
　笑い終えて、ふとほたるは真顔になって聞いてくる。
「悪い夢は余り気にすることはないですよ。寝る前に読んだ本とか前の晩のテレビなんかのことが出てくるそうですから。どんな夢だったのですか？」
「秘密だよ」
　慌ててほたるの返事のマネをしてごまかす。あんな恥ずかしい話をする訳にはいかない。・・・でも。
「でも、悪いばかりって訳でもないんだ。ねっ、ほたるってさ、いつまで僕のメイドでいてくれるの？」
「まあ、私の出てくる夢だったのですか？」
　ほたるは顔を赤らめる。そして目を伏せしばし考えていた。
「そうですね、坊ちゃまが私を必要としている間は、私は坊ちゃまのメイドです」
「本当？　僕が、その、どうなっても？」
　ほたるは微笑む。
「坊ちゃま。どんな姿になっても、坊ちゃまは私の坊ちゃまです」
　そして、急にほたるは僕を残して部屋を出ていった。
「それではお茶を飲まれましたら早く着替えてくださいね。今日はシンシア様が遊びにおいでになりますから」
　その言葉を残してほたるは部屋のドアを閉める。
　僕は考える。そのせいかもしれなかった。従姉妹のシンシアはいつも僕とお揃いの服を着たがる。パジャマまで僕と同じ柄だ。僕が夢の中でほたると同じメイドの姿をしたのも、今日来るシンシアの趣味のことを思い出して、ほたるとごっちゃになったせいかもしれない。

　正月の朝、そう思って僕は安心しようとしていたけれど、どうしてもこう思う気持ちは残っていた。

　ほたるにはみな分かっているのかもしれない、と。

---

　お揃いのデザインのメイドさんと小さな見習いメイドのドレスはLegXF さん製です。
　バケツは1/J さん製、トイレ用吸盤は天下会さん製です。
　実はこの小話は2002年12月30日のコミックマーケットにて入手した、NECOROGY さんの同人誌「少女の王国　６」にシャルル君のメイド姿のギャグがあり、気に入ってしまったので即席で思い付いて作ったものです。
　翌31日の日中は仕事でしたので夕食後から撮影を開始したのですが、町のお寺の除夜の鐘が外から聞こえてくるのを耳にしながら画像合成をするおのが姿は「あやしゅうこそものぐるほしけれ」であったと思います。
（これじゃ、煩悩なんて散る訳がない）